高齢者グループホーム「横浜はつらつ」(都筑区大棚町)の統括部長・田中香南江さん(74)を、2人で訪問してきた。「横浜はつらつ」は、つづき交流ステーションのメンバーAさんの母親が、最近までお世話になっていたグループホームである。「責任者の田中さんが素晴らしい理念を持っていらっしゃるのよ。 このホームで看取っていただいて幸せだった」と、Aさんはしみじみ語った。

「はつらつ」の事務所で始まったインタビューは、いつものように2時間を超えたが、その間も介護スタッフが相談や報告に来たり、ケータイのベルも数回鳴った。「頼りにされているんだな」と感じる。

「ひと訪問」では90歳を過ぎた方のお元気な様子も紹介してきたので、高齢者の活躍には慣れているが、第一線を退いた方が多かった。でも、田中さんはそろそろ後期高齢者にもかかわらず、「はつらつ」の統括部長としてフルタイムで働いている。

真剣なまなざし(左)で、グループホームの現状や認知症患者の実態や介護の問題点を話してくださった。どれもが共感できる話で、「そうですか」「そうですね」と頷くばかり。

なかでも感銘を受けたのは、入居者を高齢者・認知症患者という一括りにせず、各人のバックグランドに合わせたケアを心がけていることだった。


私にやらせて欲しい!


医療法人活人会「横浜はつらつ」(左)は、平成14(2002)年3月にグループホームの事業所指定を受けた。横浜市のグループホームのさきがけである。ちょうど14周年を迎えた。

活人会は、水野クリニックの水野恭一先生が理事長を務める医療法人で、介護老人保健施設(老健)の「都筑ハートフルステーション」、指定居宅介護支援事業所の「かけはし」、高齢者グループホームの「はつらつ」と「ゆうゆう」も含まれる。

活人会が「はつらつ」を設立する時に、田中さんは「私にやらせて欲しい」と手を上げてグループホームの所長に就任した。
「なぜグループホームで働こうと思ったのですか」

定年まで横浜市の職員だったんです。主に保健師の仕事をしていましたが、次第に保健と福祉が一体化していったので、地域医療にも携わるようになりました。30年以上前ですが、ある農家を訪問した時に痴呆のおじいさんが犬の首輪で繋がれていました。これが認知症に関わりたいと思った始まりです。いろいろな区を異動しましたが、最後は都筑区の福祉保健サービス課長でした。だから都筑にはご縁があるんですよ

「定年と同時に、認知症に関わりたいという長年の思いを実現したことになりますね。田中さんのお人柄と実力もさることながら、タイミングの良い時に介護保険が施行されたことも大きいでしょうね」

そうなんです定年1年前の平成12(2000)年に、介護保険が施行されました市役所に勤め始めた頃と今では、認知症や高齢者介護の取り組みがまったく違います。1970年代の”ケアなきケアの時代”、1980年代の”より良きケアへの模索”、1990年代の”認知症高齢者対応拡大化”、2000年以降の”ケアの質向上に向けて”と、驚くほど変わりました。まだまだ問題はたくさんありますが、良い方に向かっていると信じたいですね」


家みたいなグループホーム


「高齢者向けのいわゆる老人ホームは、公的なものでも種類がたくさんあって違いが分かりません。都筑区には特別養護老人ホーム(特養)が6、介護老人保健施設(老健)が7、高齢者グループホームが25、小規模多機能型居宅介護が7施設あります」

特養と老健は介護保険制度が始まる前からあります。多機能型は通いとショートステイ。グループホームは、介護保険法が成立後にサービスに組み入れられました」

左写真は「はつらつ」にある3つの家のひとつ「たちばな」の玄関。表札もあり普通の家のたたずまい。他に「くらき」と「つづき」という家がある。市になる前の郡名である橘、久良岐、都筑から付けられた。

「特養や老健の定員は100人前後ですが、グループホームの制度では、1ユニットが5人以上9人以下だそうですね。1事業所でのユニット数も限られています。こじんまりとした家庭的な施設だということが分かります。入口を見ても、施設というより家みたいですね」。

そうなんです。『はつらつ』では、住み慣れた土地で安心して暮らす、愛着のある品々に囲まれてゆったりと過ごせるようにしています。食事の支度、掃除、庭木の世話など今できることをスタッフと一緒にするようにしています。昔好きだったことを思い出していただけるような声掛けもしています

「入居費用が高い有料老人ホームを見学したことがありますが、ロビーや部屋は立派でも、必ずしもみなさんが、はつらつとしているようには見えません」

ここでは、入居者のみなさんの身体や顔つきに生気が満ち満ちてはつらつとして生活していただけるように心がけています。スタッフは認知症の専門知識や技術を身につけています

「田中さんは、厚労省が行っている認知症介護指導者研修やフォローアップ研修も修了しているんでしたね」(左)

役所に勤めている時からアメリカ、ルーマニア、オーストラリア、スエーデンの老人ホームを視察しています。スエーデンではでシルビア学院(認知症介護の指導者養成学校)で、10日間の研修を受けました。修了証ももらいました。介護保険施行の1年前のことです」

経歴を聞くと、田中さんほど認知症介護の実践者として相応しい方はいないような気がする。指導者としても、これほどの方はそうそういないと思う。


はつらつと、穏やかに、ゆったりと


「ところで、『はつらつ』の入居者は何人ですか」

「1家に9人が生活しているので、全部で27人です。27人の介護度はそれぞれ違います。性格も違うし、食事の好みも人生の経験も違います。でも少人数なので、ひとりひとりを尊重して、ていねいに対応することを心がけています。はつらつとした生活、穏やかな日常、愛着ある品々に囲まれたゆったりとした毎日を送れるように、スタッフはお手伝いしています」

インタビューの後で、3つの家を見せてもらった。ひとつの家はそれぞれ玄関があり独立しているが、内部は繋がっている。見学が昼時だったこともあり、広い食堂で歌を歌っているグループもあれば、食事をしているグループもあった。1つの家には9部屋の個室がある。私はいくつかの老人ホームを見学したことがあるが、部屋に畳が敷いてあるのは初めてだ。ここでは、9部屋のうち6部屋が畳で3部屋がフローリングである。

この世代の方はフローリングより畳でしょう」と田中さんは言う。当たり前のことを気づかされた。

 
食事前のひととき
声を出すことで食が進む


畳の部屋には愛用の鏡台、
愛読書などが置いてあった 
 
部屋からは隣接する保育園が見下ろせる
子どもから元気をもらっている

誕生会、クリスマス、敬老会、盆踊り、餅つき、花見、紅葉狩り、音楽鑑賞、映画鑑賞などは、ほとんどの老人ホームで行われている。もちろん「はつらつ」にもたくさんの行事がある。

私がいたく感心したのは、「お仕事」をしていることだ。食事の準備(豆のさや取り、ジャガイモの皮むきなど)や洗濯物畳み、野菜作りや草取り、庭の掃除。認知症になってもベテラン主婦だった頃の習慣は、覚えているものだ。手伝ってもらうよりも、スタッフがやった方が早い場合が多いかもしれない。でも、かつて得意だったことをやることで、自信が芽生えるのは間違いない。スタッフが、相手のペースに合わせていることがよく分かる。

 
ジャガイモを剥いている
 
洗濯ものを畳んでいる

落ち葉掃きをしている 


介護は終わりなきマラソンのようなもの 


毎年発行している記念誌よると、開設当時の入居者の介護度の平均は2.44。今年3月での介護度の平均は3.81。介護度は1から5まであり、数字が大きくなるほど介護が大変になる。グループホームは認知症が軽い人が入居すると聞いていたが、実態は年々介護度が高くなっている。

そんな入居者を支える田中さんやスタッフには、「ありがとう」という言葉しか浮かんでこない。自分なら介護度が5になった親の世話を出来るだろうか。とても自信がない。でも田中さんはそんな私を慰めるように話してくれた。

介護は終わりなきマラソンのようなものです。家族だけでマラソンを続けることはできません。バトンできる駅伝じゃないと無理なんです。介護スタッフは、交代の人に仕事をバトンしているから優しい心で続けられるんですよ」

認知症患者の実態をずっと見続けてきた田中さんならではの、温かいメッセージのように思えた。ひと訪問するたびに「都筑にこんな方がいて良かった〜」と思う。「田中さんの思いを受け継ぐ後輩をたくさん育ててくださいね」とお願いしてインタビューを終えた。    (2016年4月 訪問  HARUKO 記))