ふれあいの丘連合自治会会長の井上晴彦さんに紹介されて、井口正幸さん(67歳-左−)に会ってきた。井口さんの姿を区民活動センターや講座で遠目には拝見していたが、直接話をうかがうのは初めてだ。

いただいた名刺は2種類。1枚は(社)神奈川健康生きがいづくりアドバイザー協議会会長。もう1枚は、社会福祉法人「幸ヒューマンネットワーク」。

両方の名刺に、社会福祉士・精神保健福祉士の肩書きがある。このような公での活動以外に、地域活動・同窓会の常任幹事・勤務していた会社の社友会監査役もしている。

活躍の場がこうも広いと、2時間では足りない。いつの間にか4時間が経過していた。



 地域に友だちはいるか?

井口さんは、大学卒業後38年間、大手医薬品メーカーに勤めていた。生まれ育った大阪を離れて初めて東京勤務になったときは、寂しかったという。でも、サラリーマン生活の大半を東京で過ごした今は、関東地方にすっかり馴染んでいる。

医薬品メーカーでは、主に、コンクリートの強度を高める混和剤を開発していた。「高性能コンクリートと混和剤の将来」という座談会での井口さん(右)。50歳の働き盛りである。

この時代を過ごしたほとんどの人がそうであるように、井口さんも仕事一筋の企業戦士だった。

そんなサラリーマン生活を送っていた53歳のころ。大学時代の親友に「地域に友だちはいるか?」と聞かれ、ドキンとしたことが忘れられない。

その親友が、「健康生きがいづくりアドバイザー」の資格をとった事を同窓会誌で読み、「自分も将来、地域活動を意識して生きた方がいいのではないか」と強く感じたという。

「もしこの同窓会誌を目にしていなかったら、まったく別の生き方をしていたかもしれません。情報のマッチングや人との出会いが大事だと感じた最初の出来事です」と井口さん。


  人生の後半は福祉分野をやってみよう

健康生きがいづくりアドバイザーの資格を得るために、会社勤務のかたわら、金土日を利用して講習を受けた。この時に講習を受けた仲間31人とは、今でも交流が続いている。

健康生きがいづくりアドバイザーは、厚生労働省所管の(財)健康・生きがい開発財団の認定資格。この資格を得たのちに、特養ホームでボランティアをしてみた。その時、福祉関係で働く人の報酬の低さ、離職率が20%もあることに驚いた。

「福祉の世界がこのままではいけない。人生の後半は福祉分野をやってみよう」と心に決めた。「待遇改善などを行政と交渉するには、ボランティアでは限界があります。60歳を過ぎて正職員になるには、資格が必要だと思いました」と、井口さんは次なる挑戦への話をしてくれた。

59歳の時に、社会福祉士養成講座の通信課程に入学。社会福祉士の国家資格を目指した。受験者のほとんどは、福祉系の大学を出たばかりの若者だ。現役だった1年目は、休日にレポートを書き、夏休みにスクーリングを受けた。退職していた2年目は、大半の時間をレポート・スクーリング・実習・受験対策講座・模擬試験などに当てることができた。見事、難関を突破。

社会福祉士の資格をとるやいなや、加賀原地域ケアプラザから声がかかり、地域活動交流コーディネーターとしてフルタイムで働き始めた(左)。61歳の再出発だった。

ケアプラザは、横浜市だけにある施設で、都筑区には加賀原のほかに、東山田・葛が谷・新栄・中川の5ヵ所ある。地域包括支援センターと共に、福祉に関するあらゆる相談・支援に関わっている。

加賀原地域ケアプラザは、健康生きがいづくりアドバイザーのメンバー・自治会・民生児童委員・地域で活動しているボランティアなど、たくさんの人たちの協力で、さまざまなイベントや講座を開いている。

"いつでも どこでも どなたでも”を合い言葉に、親しみやすい雰囲気を作りました。おかげさまで、加賀原地域ケアプラザの利用者は、大幅に増えたんです」と、嬉しそうに話す。


  精神障害に苦しむ人の相談

加賀原地域ケアプラザを惜しまれながら65歳で退職。ケアプラザにいたときに精神障害者の方に出会ったことから、精神保健福祉士の国家資格に挑んだ。やはり若い受験者がほとんどの試験だったが、2010年に合格。

「家内や息子には半ばあきれられましたが、息子はオヤジの背中を見てくれていると思っています」。

その資格を得て、今は週に2日ほど地域活動支援センター「かもみ」で働いている。「かもみる」は川崎市南加瀬にある施設で、2010年8月にオープンしたばかりの施設。統合失調症など精神障害に苦しんでいる人の相談に乗っている。

精神障害者への対応は、地域ケアプラザ利用者とは別次元の難しさがある。でも社会に適応できなかった人の体調が徐々に快復する姿を見ると、言葉で言い尽くせないほどの喜びを感じるそうだ。

井口さんがこれほど、社会福祉にのめり込むようになったきっかけは、親友の言葉だけではない。「現在の姿勢と人生観に役立ったのは、関連会社に8年間いたことだったのです。そこでは、大企業にずっといたならば得られなかった付き合いや経験をしました。これが今、役立っています」と穏やかに語る井口さんの言葉が、印象に残っている。


  生きがいの度合いを高めるために

一般社団法人「神奈川健康生きがいづくりアドバイザー協議会」は、1995年に設立。中高年の健康と生きがいづくりを支援していこうとする会である。名称が長いので「神奈川健生」と呼ぶことが多い。

世界一の長寿国になった日本では、退職後の年月が30年になることも珍しくない。「長くなった人生を健康で豊かに過ごすにはどうすればいいか」。こんなことを中高年にアドバイスしていこうとする会である。

団塊の世代が退職年齢になった今、生きがいを模索している中高年は多いが、自分だけで趣味やスポーツを楽しんでいる人、あるいは元の勤務先や同窓会の仲間などごく少数の範囲で楽しんでいる人がほとんどである。

神奈川健生では、一歩進んで、社会貢献活動他人のために何かをする活動を奨励している。ボランティア活動をする、資格をとって人に教える、他人の世話をするなどの活動は、生きがいの度合いが高いことが、調査で裏付けられているからだ。

具体的には、「ライフプランセミナー」や「団塊世代の地域デビュー支援講座」などのセミナーを開催(左)し、講師の派遣もしている。

神奈川健生には、約200名のアドバイザーがいる。アドバイザーの年齢は60歳代が中心だが、20歳代から80歳代までと幅が広い。

井口さんは神奈川健生の会長だ。「200名のアドバイザーを束ねるのは大変でしょうね」と向けてみる。「いやあ、それぞれの組織がしっかりしていますから、私は飾りみたいなものです」とあっさりおっしゃる。

「飾りみたいなもの」は謙遜なのだが、たしかに事務局はじめそれぞれの活動グループに、しっかりとした責任者がいる。神奈川県は9つの地区に分かれ、そのなかには講師活動・健生クラブ・かながわの旧街道を歩く会・ノルディックウオーキング・サークル(なんでも勉強会・ハイキング・ゴルフ・ブリッジ・男の料理教室・音楽団・俳句の会・美食倶楽部・ブリッジ・ADL体操・布絵を楽しむ会・カラオケを楽しむ会など)、女性交流会・とまり木サロン広報など多岐に渡っている。

活動のごく一部を下の写真でごらんいただきたい。みなさんの楽しそうな様子が伝わってくる。

神奈川健生音楽団は、合唱と楽器演奏を楽しんでいる。老人ホームなどにも出前している。 布絵を楽しむ会の作品。この朝顔も布で作ってある。 ポールを使ったウオーキングをしている。足腰の負担が少なくてしかも代謝効果がある。


井口さんの活動が広範囲なので、少々まとまりに欠けるインタビューになったような気もするが、お会いしたときのナイスガイの印象が、最後まで崩れることはなかった。

他の人の生きがいを支援する立場にありながら、その実、ご自分の生きがいも得られている。「余生」という言葉に一生縁のなさそうな生涯現役の井口さんにお会いして、私も元気をもらった。今後は、精神保健福祉士の立場での、さらなる活躍も期待している。


  つぎの訪問は千葉 茂樹さん

井口さんが紹介してくれた”ひと”は、加賀原地域ケアプラザに勤務しているときに知り合った千葉茂樹さん。千葉さんも、たくさんの役を引き受けていらっしゃるが、そのひとつが池辺地区民生委員児童委員協議会の会長である。民生委員児童委員の役割などを聞いてみたい。             
                                          (2011年5月訪問 HARUKO記)

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