中川西中学校(中川2丁目)の校長先生、平川理恵さん(47歳)を訪問してきた。中川西中の生徒数は1000名を越え横浜一である。職員数も66名と多い。そんな大規模校のトップに立つのが、平川先生だ。

彼女の活躍は以前から耳にしていた。「お訪ねしたいなあ」と思ったが、1年前までは青葉区市ヶ尾中の校長だったので、遠慮していた。

2015年4月に都筑区の中川西中に転任したと聞き、インタビューの機会を待っていた。3年生の模擬面接を手伝った時に、「ひと訪問」の取材を申し込んだら、快諾してくださった。

教職員用の玄関に着くと、平川先生手書きのウェルカムボードが置いてあった(左)。華やかな前歴や校長になってからの活躍を見聞きしているので、緊張しながら校門をくぐったが、「校長室にてお待ちしております」のひとことで、すっと心が軽くなった。なんて細やかな心遣いができる方なんだろう。

1000名もの生徒がいる学校は何が起きるか分からない。忙しさも半端ではなく、インタビュー後は別なお客さんが待っていた。この日1月20日の夜のラジオ「NHKジャーナル」でも、先生の声が電波に乗った。


 全国に1人しかいない民間出身の公立中学校女性校長


平川先生は写真でお分かりのように、笑顔がチャーミングで親しみやすいオーラを放っている。

女性で初めて公立中学の民間出身校長になったのは、2010年4月。41歳という若さだった。公立学校の校長に民間出身者採用のニュースは、10年以上前から聞いていた。もう当たり前になっているのかと思いきや、そうでもない。

採用された時も公立中学校では女性で初めてだったが、今でも全国に1人しかいない。ただし、数年前に大阪の公立小学で民間出身の女性校長が誕生した。

「民間出身校長が女性にとって狭き門だということは分かりました。男性を含めると横浜全体では何人いるのですか」

今は8人です。横浜市の中学は154校ですから、5%ほどです。全国的に見れば全くいない地域もありますし、まだまだですね」

「担任をしたこともなく、授業すら一度もしたことがない人が、学校のトップに立つのは、現場から不満も出ると思うんです。にも関わらず、民間人を校長に採用しようとする意図はなんなんでしょうね」

意図はよく分かりませんが、今は生徒が多様化していることは確かです。多様化に対応するために、教育界のしがらみがなく、他の世界を知っている人の力が欲しいのではないでしょうか


 日本に勇気と元気と活力を与えたい!!


41歳で校長になるまでの経歴は、女性なら誰もが憧れるバリバリのキャリアウーマンである。

1991年→大学卒業後にリクルートに入社。トップセールスマンに。
1998年→企業派遣でアメリカに留学。MBA取得。
1999年→リクルートを退職し留学支援会社を立ち上げて社長に。海外の500校以上を視察。
2009年→黒字だった会社を10年で売却。 数年前に娘を出産したのを機に、教育に携わりたいと思うようになる。
2010年→横浜市が民間人校長を募集していたので応募。100名以上の応募者から4名が採用される。女性は1人。
      市ヶ尾中学校に赴任。

トップセールスマン・海外留学・MBA取得・会社社長。このキーワードを聞いただけで、超勝ち組という言葉が浮かんでくる。なにゆえに転職を考えたのだろうか。

「立ち上げた会社が軌道にのっていたのに、なぜ教育の世界に飛び込もうとしたのですか」

会社を譲渡した後の半年間、哲学書を読むなどしてこれから自分は何をすべきか問い続けました。そこで得た結論が、日本に勇気と元気と活力を与えたいでした。そのためには、まず学校教育で人を養うことが大事だと気づいたのです」

「ちょうどそんな時に、横浜市の募集があったのですね。民間人校長の募集は毎年しているんですか」

「そうじゃありません。今年度、7年ぶりに募集がありました。私はラッキーでした」


 自立貢献


市ヶ尾中に赴任するとすぐ「教育目標は、まず自立そして社会に何を貢献できるか。つまり自立貢献です」と生徒や教職員の前で宣言した。

今の中川西中にも決まった教育目標がなかったので、同じように自立貢献をかかげている。ことあるごとに話すので、「自立貢献!」と言いながらハイタッチしてくる生徒もいるという。左は平川先生が自分で取材して書いている「中川西中Times」の1月号。タイトルの色は毎月違うが、「自立貢献」の白抜きだけは変わらない。

「平川先生が去った後の市ヶ尾中が気になるのですが、まだ自立貢献を目標にしていますか。5年間で根付いた平川イズムはまだ残っているのでしょうか」

「私が校長をしていた時の副校長がそのまま校長になったこともあって、続いていると思います」

「5年前の市ヶ尾中の生徒は、高校生や大学生になっていますね。彼らは自立した青年に育っていますか」

遊びに来てくれる生徒がたくさんいます。高校の授業内容、大学のこと、留学のこと、生き方などの相談にのっていますが、自分の考えを持っていることに感心します。たくさんの大人の中から、私を相談相手に選んでくれるのは嬉しいですよ」


 学校の主力商品は授業


平川先生が赴任してからの「中川西中Times」 を、全部読ませてもらった。一般的な学校だよりは、学校行事や生徒のスポーツ大会やコンクールでの活躍が大半を占める。でも「中川西中Times」は、先生方の授業の様子や先生の素顔を詳しく載せている。

左は1年生の理科を授業中の山崎先生。毎号2名から4名の先生や職員の紹介が載っている。

「ヘンな例えかもしれませんが、学校の主力商品は授業です。現場こそが大事なので、ほぼ毎日、突撃授業取材をしています。生徒と一緒に授業を受けるのです。終わった後で、ここが良かった、ここが分かりにくかったという講評もします。それと同時に先生方に”どうして教師になりたかったの”と質問します。先生方も原点に帰ることができて、モチベーションリソースを確認できるんです。先生方はよく頑張っています。そのことを父母の方に分かってもらいたい思いもあります」

企業に勤めていた方ならではの「主力商品は授業」という言葉には、はっとさせられた。先生方は良い授業をしてこそ、生徒や父母の信頼が得られる。教室はいわば密室なので、先生の仕事ぶりが多くの人の目に触れることは少ない。でも「中川西中Times」の読者は生徒数×家族の人数。たくさんの人が読んでくれることで、先生方のモチベーションが上がるに違いない。

言われてみれば当たり前のことを思いつき、しかもすぐ実行に移す校長先生のバイタリティと前向きな姿勢に、感嘆するしかない。教育界全体に、こういう風潮が広がっていったら、日本も変わるかもしれない。

こんな校長先生がいる学校で学ぶ子どもたちが羨ましくてならない。「子どもの声をも取り入れて学校経営に反映したい」と、就任と同時に「公聴ポスト」(左)を設置した。

1ヶ月で80通もの手紙が届くそうだ。記名のある手紙には、返事を書いている。子どもたちが、一人前に扱われて大事にされているんだなあ。




考えさせる体験


アメリカ留学時代や留学支援会社を経営している時、世界の500校を見学してきた。その時の経験が、校長職に活かされているのは言うまでもない。

「世界の教育が日本と大きく違っているのはなんですか」

日本の教育に足りないのは、生徒に考えさせる体験だと思います。詰め込みだけの授業では自分で考える力は育ちません。2020年に改訂予定の学習指導要領では、現在の小中学生の65%は今存在していない職業に就くと予測しています。どんな世になっても対応できる力、楽しく生活していく力をつけさせたいのです」

「体験学習の具体例を教えてください」

「出前授業をしてもらっています。去年は作家の椎名誠さんが、2年生に”世界のいろんな子どもたち〜アイスプラネット+α”の講演をしてくださいました(左)。2年生は国語の教科書で『アイスプラネット』を学んだばかりでした。3年生が理科でエネルギーを学んだ後に、東京ガスの方にきてもらいました。他にも授業の学科に関係ある研究所の方に協力いただいています。1年生を対象にする職業講話でも、専門家の方が話してくださいます」


左はアイスプラネット(氷の惑星)の写真の前で講演する椎名誠さん。

「有名人もたくさんいます。謝礼の費用はどこから出ているんですか」

「PTAにご協力いただくこともありますが、無料で来てくださってます。お礼は花束と手紙だけですが、みなさん、気持ちよく協力してくださるので本当に感謝しています」


さまざまな新しい風


平川先生が実行する新しい風を分かってもらうには、紙面が足りない。先生の著作「あなたの子どもが『自立』した大人になるために(世界文化社)」をお読みいただきたいが、最後に取り組み例を2つだけ紹介したい。

1つ目は図書館の改装。私が学校の図書室で思い出すのは、カビがはえたような暗い空間だ。難しそうな本ばかりが並んでいた。今の学校も似たり寄ったりだが、変わりつつある。

去年の7月に図書室の大改装が行われた。全国の学校図書室の改装を手がけている児童文学者の赤木かん子さんのもと、知識として古くなった本、カビが生えている本などを思い切って廃棄、汚かった棚も掃除して明るくなった。本のディスプレイも親しみやすくした。

改装後、図書室は学校の中の人気スポットになった。大勢の生徒が詰めかけ、床に寝そべったり思い思いにくつろぐ姿も見られるという(左)。

2つ目は、海外との交流。グローバル社会の今、子どもたちに海外との交流をさせたいと考えていた先生は、博報財団が「世界の子どもネットワーク事業」をやっていると知り、必死になって論文を書いて応募した。その結果、全国で2校、中川西中と宇都宮の学校が選ばれた。

「どんな交流をするのですか」

「4月に、9ヵ国10校からくる海外の生徒40名と本校の生徒24名が伊豆で2泊3日の合宿をします。7月には、オーストラリアに中川西中の生徒8名が11日間行きます。作文と面接で生徒の選考をしました。伝えたいものを持っていて、海外が初めての子を選びました。費用の全額は財団がもってくれます」

左写真は、4月に来日する10ヵ国の先生方との打ち合わせ。伊豆合宿のための下見でもある。

平川先生が論文を書いて応募しなければ、生徒たちにチャンスはなかったが、なんて幸せな子どもたちだろう。


インタビューは「なるほど!素晴らしいなあ!」と思う事ばかりだったが、帰り際につぶやいた話は特に忘れられない。

「横浜市のの不登校率は、3.2%です。親ごさんも本人もつらいですよね。本校にも不登校の生徒さんはいますが、今年はゼロに近づけたいのです。不登校の子を支援する特別支援教室を開き、公立学校の中のフリースクールを目指します。同じような取り組みで、前任校では不登校はゼロになりました」

弱者の生徒にも温かい目を向けている校長先生、どうしたら日本を元気に出来るかをいつも考えている校長先生。地域に住む者として、協力できることはないだろうか。心から応援したい気持ちがわいてきた。

                             (2016年1月訪問  HARUKO記)


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