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お地蔵さまが回る…という池辺町はどこにある?
池辺町地図 

都筑区北部にお住まいの方には馴染みが薄いかもしれないので、まずは場所の簡単な説明から。池辺町は都筑区南部に位置し、面積は2.971平方キロメートルで都筑区最大。町内を中原街道・旧鎌倉街道などの古道や、緑産業道路・県道横浜上麻生線が走る交通の便の良さから、鶴見川沿いには工業地域も広がり、さらに近年は大規模マンションの建設も進められ、ららぽーと横浜などの複合商業施設も開業した。
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ニュータウン開発以前から開けた古い地域でもあり、また公団が手をつけない「その他地区」でもあったせいか、今も田畑を続ける家が少なくない。谷戸には小さな段々畑が続き、里山や竹林を背景に、どっしりした農家が点在する昔ながらの景色も広がっている。

残っているのは景色だけではない。農村だったころのコミュニティが健在で、その精神風土も行事のなかに色濃く息づいている。たとえば星谷の富士塚では、本家富士山と同様に、毎年きちんと山開きの神事を続けているし、江戸麹町から送られた見事な神輿をもつ杉山神社の氏子たちは、勇壮で華麗な花籠を今も伝えている。こうした祭りは“イベント”ではなく、この土地に住んできた人々がたいせつにしてきた“神事”が、揺らがず核にある。

そんな強いコミュニティが根底にあるせいか、明治5年(1872)開校で都筑区最古の小学校・都田小学校は、校内でも校外でも地域の方々のサポートで行う活動が盛んだ。校舎内のキッズクラブは、建て壊しになった地域の家の建材を教室に移した古民家風。さらには先生方まで、ほぼ毎週末、自治会の活動に参加するほど、地元との結びつきが強く濃い。情報誌やライフスタイルマガジンなどでは、“おしゃれなガーデンシティ”と呼ばれたりする港北ニュータウンが広範を占める都筑区内では、ことのほかキャラクターが立った町で、独特の文化を持つという意味で“都筑のディープサウス”とでも呼びたいほどだ。

高層マンション群と内墓のある旧家、農地と工場地区、また古くからの住民と新住民がモザイクのように同居する池辺町は、都筑区の縮図のような町なのだ。


池辺町連合自治会
池辺杉山神社花籠  緑産業道路  星谷富士山開き  高層マンション群
池辺杉山神社例大祭花籠 緑産業道路 星谷富士山開き 高層マンション群

なかでも滝ヶ谷戸地区は、開発前のたたずまいを色濃く残す地域だ。表通りの中原街道から一歩足を踏み入れれば、そこはもう『となりのトトロ』の世界。雑木林におおわれた谷戸が複雑に入り組み、ほの暗い木陰には、なんだか精霊だって住んでいそうだ。“滝”の名の通り水に恵まれ、古くからの家のほとんどに井戸がある。味噌は自家製、野菜や米を自給している家もあり、しかもその米は、はさかけ※の天日干しだったりするのだからすごい。

※はさかけ…田んぼに木を組み、稲を掛けて自然乾燥させること。おいしい米になるうえ、脱穀後のワラも再利用できる。はさかけの形は地域によって異なり、秋の風景としても美しい。
How to 回り地蔵・滝ヶ谷戸の場合
さて、そんな滝ヶ谷戸の回り地蔵は、3の付く日(3日、13日、23日)に、厨子ごと背負われて次の家へ送られる。2013年、回り地蔵を行う講中に所属していたのは20軒。お地蔵さまはこの家々を結ぶのべ約3.4キロメートルを60日間かけて巡行。お地蔵さまを背負った人が、交通量の激しい中原街道の横断歩道を渡ったり、セブンイレブンの前をふつうに歩いていたりしたわけだ。
回り地蔵巡行地図


お地蔵さまを祀る厨子は、幅50㎝、奥行き40㎝、高さ100㎝ほどの木製。背負って歩くとき開かないよう、厨子の扉には金具が取り付けられ、背面には背負うための白い縄が備え付けられている。さすがに畏れ多くて、重さを量らせてくださいとは言い出せなかったのだが、お許しをいただいて背負わせてもらった感覚では、15キログラム前後だ。
 回り地蔵厨子

運ぶ
お地蔵さまを運ぶのは、どの家でもだいたい朝8時ごろ。歩調に合わせて厨子の中でお地蔵さまが揺れる小さな音がする。一緒に歩いていると、このカタンコトンカタンコトンが、お地蔵さまの足音のように思えてくる。

次の家に到着すると、玄関先でお地蔵さまを託しつつ、寄付金の額などを申し送る。寄付金とは、お地蔵さまが回ってくるたびに、各家で少しずつ出して袋にたまっていくお金のことで、ある程度の額がまとまると、お地蔵さまの名前(講中名義)で銀行に預金し、普請はじめ、講中で入用の際に用いられてきたそうだ。いわゆる積立基金である。

ちなみに次の家の玄関口では、屋号を名乗ることも多い。古い地域だけに、同じ苗字のお宅が多く、お互いを屋号または名前で呼び合っている。

目の前で繰り広げられているのは、私からすれば“お地蔵さまを背負って回す”という非日常な風景なのだが、場に流れているのは、回覧板を回すかのような日常感覚だ。
 
祀る
到着したお地蔵さまは、さっそく座敷に運ばれ、扉を開いてお祀りされる。引き出しには火立て・線香立て・仏飯器(ぶっぱんき)・鈴(りん)・撥(ばち)などの仏具を収納。ほかに寄付金などを記した講中の名簿兼記録帳が納められている。仏具を納めた引き出しにはガラスの天板がつけられていて、そのまま仏具置き台になる。合理的かつ機能的だ。

お地蔵さまの定位置は、たいてい仏壇の脇というⅤIP席。仏壇に供えるのと一緒に、お地蔵さまにもお茶とご飯を毎日供えてお祀りする。旧家揃いのこの地域では、ほとんどの家に造り付けの仏壇と立派な神棚があるから、お地蔵さまがいらっしゃるあいだは、神×仏×ご先祖さまのトリプルセキュリティー状態だ。
仏間に祀る 厨子開扉状態 
お地蔵さま
お地蔵さまは木彫で、金色に彩色されている。えもいわれぬ慈悲深いお顔だ。家に子どもや孫が生まれると、健やかな成長を祈って名前を記したたすきを作り、お地蔵さまの右の腕に掛ける。そして古いものから順にたすきを一ついただき、お守りにする。最新のたすきは平成24年11月のもの。人々がお地蔵さまに寄せる思いは、今もけっして失われてはいない。
回り地蔵近影